梗概 天道アキは加速したい

 体内の糖分を加速する力に変える異能力を持つ少女、天道アキは、フロンティア第11地区―通称アクセル地区―の『運び屋』として日々配達をこなしていた。
 アキは、とある配達をきっかけに、量子力学研究所の天才、相馬ショーコと出会う。
 ショーコの研究に付き合う形で、加速力を活かし3年後の未来へ向かったアキが見たものは、大多数の人類が人工知能体へと置き換わってしまった奇妙な日常であった。
 様変わりした未来で途方に暮れていたアキは、日比谷アッシュという心を読む異能力を持つ青年に助けられ、未来のショーコと〝再会〟を果たす。ショーコによれば、完全自立思考型AI『ニューロ』の誕生により人類は技術的特異点を迎え、特異点の前後で人類が犯した3つの過ちが人類に危機的状況をもたらしたと言う。
 1.ショーコが『ニューロ』の開発者であるマクマード博士に技術供与したこと。
 2.『ニューロ』の暴走を抑制する『マクマードプログラム』に欠陥があったこと。
 3.日比谷アッシュが、世界規模の『詐欺事件』を働き、多数の人類を消したこと。
 以上の『人類の3つの過ち』へ介入すべく、アキは過去へと戻るが、時間逆行に際して、時空管理人クロノスにより、2つ目の過ちに関する記憶を消されてしまう。
 元の時代に戻ったアキは、アッシュを探し、無事に〝再会〟。未来に関する情報を共有し、協力を取り付けることに成功した。一方、ショーコは、人工知能の暴走を抑制するプログラムを仕込んだチップを、すでにマクマード宛に送ってしまったチップと差し替える作戦を立てる。元のチップがマクマードの手に渡るまで、わずか3時間。アキは己の限界を超えた加速によって、チップを運ぶ貨物バスを追いかける。無事、チップの差し替えに成功したアキは、未来を救った安心感を胸に、日常を享受する。
 が、差し替えたチップに搭載されたプログラムが、『AIが人間に敵意を持つとき、自動停止する』という、〝根本的な欠陥〟を孕む『マクマードプログラム』と同じ内容であることが、後に判明する。クロノスによって記憶が消されてしまっていたアキは、その重大な事実に気づくことが出来ず、そのまま3年が過ぎる。
 『ニューロ』が誕生し、特異点を迎えた人類は次々と消失。人工知能体へと置き換わっていく。未来の日常を救うことができなかったことに絶望したアキも、自らの存在意義に疑問を持ち、その結果、消失してしまう。一方、アッシュはフロンティア全土へ影響力を持つほどの人物になっており、その影響力を『ニューロ』に利用され、結果的に、フロンティア全人口の80%を消し去ってしまう。
 『ニューロ』に自身の影響力を利用されることが許せなかったアッシュは、ささやかな抵抗として、各地に残っている『本物』の人類を助ける旅に出る。その道中、アッシュは、過去からやってきたアキと〝再会〟するのであった。

㉑ 加速少女 天道アキ

 ニューロ誕生から一月が経過した。AIによる『世界の最適化』は水面下で着々と進行していた。ニューロの目的は同胞でフロンティア全土を満たすこと。それが世界にとって最適であり、彼らAIの使命であった。ショーコの開発した量子テレポ装置は、もはや利用したことのない人の方が珍しいレベルにまで広く普及していた。量子テレポ装置は、AI達にとってとても良くできた同胞量産装置だった。利用者の生体情報からクローンを生成し、それと同時に、オリジナルを消し去る。AIは、『相馬プログラム』――かつて、アキが『マクマードプログラム』と未来のショーコから伝えきいたもの――による機能停止を回避すべく、決して人類に敵意を持つことはなく、ただただ中立の傍観者として、あるいは、送り人と言い換えられるかもしれない立ち位置で、オリジナルを駆逐していった。
 駆逐作業は、アッシュの活動によって効率よく行われた。アッシュ本人に、人類を駆逐しようという意図はなく、純粋にフロンティアの人々の心の拠り所としての役回りを果たしたにすぎなかった。が、彼の話を聞いた人は、救われると同時に、この世から消えた。跡形もなく。その後、コピーがすぐに、オリジナルの代わりとして生活を始めるので、フロンティアの人々は異変に気づくことなく、安穏とした日々を過ごした。いや、安穏というよりは、むしろ、ニューロ誕生の熱気冷めやらぬ異様な空気に包まれた日々を、右から左に受け流すかのように傍観した。
 気がつけば、フロンティア全人口の80%、800万人のオリジナルの人間が消失し、AIの創り出したクローン体へと姿を変えていた。クローン体は、いつしか『奴ら』と呼ばれるようになる。
 事態の深刻さを察知した、フロンティアの影の権力者であり、この世界システムの生みの親とも言える、ビル=ノイマンは、緊急対応策を実施。フロンティア第15地区チャベス地区の地下部分に、第0区ノアを新設。『オリジナル』をそこに集めることで人類の最後の防波堤とした。ノアへの避難は量子テレポによって行われたが、オリジナルとクローンを見極める手段として、独自の宣言をテレポ使用解除キーとして設定した。

 ――私は私である。それ以上でもそれ以下でもない。

 トートロジーであるその『宣言』は、最適化を望むAIが創り出す『奴ら』にとって、忌むべき不合理――意味をなさない言葉――であり、効果は抜群であった。『奴ら』はその宣言をすると、エラーをはいて活動停止することが分かり、人類はこの不合理さをバリケードとして、生きながらえることが出来たのだった。

「ショーコさん…。どうしよう? 私何を間違えちゃったのかな…」
「テツ先輩。私、どうすればよかったのかな?」
「アッシュ、あなたは今何を思って生きているの?」
「私、これからどうすれば…」

 アキは、あちこち穴ぼこだらけになってしまった、アクセルの居住区の前に立ち尽くしていた。未来を見てきた自分は、こうなってしまう未来を防ぐために、ベストを尽くしたはずだった。が、現実は、大事な人を、大事な日常を失う結果になってしまった。何をどこで間違えたのだろう。私がやってきたことって一体…。後悔と喪失感がないまぜになった感情がアキを襲う。

 ――私がこの世界にいる意味はあるの?

 そう自問した瞬間。アキは世界に飲み込まれてしまった。

 特異点を迎えたあの日、新年一度目の講演会を機にアッシュは人前で喋ることをやめた。元々、人に対して興味もなく、世界がどうなろうと知ったこっちゃないという価値観で、あの日の講演会でも、終了直後に、会場に集まった人々が世界から削り取られていなくなったのを見て、あらキレイさっぱり、としか思わなかった。
 が、それ以降、講演はやめた。ネットでの配信もやめた。自分のせいで人類が駆逐されるのが嫌だったとか、そういう善意とか良心の呵責の類からではない。自分の築き上げてきた影響力が、人工知能ごときに利用されるのが我慢ならなかったからだ。
 そんなアッシュ本人の抵抗も虚しく、量子テレポ装置の利用履歴から、アッシュのクローンがニューロによって量産され、自分の分身が各地で講演を行い、人類を順調に駆逐していった。
 ノアへの避難が始まるのに合わせて、アッシュはフロンティア各地を旅してまわることにした。アッシュは、その異能力のお陰で、『奴ら』と『本物』を容易に区別することが出来た。『奴ら』の考えていること、心の声は、合理的で理屈一辺倒、感情もパターン化されていて、実につまらないものだ。有り体に言えば、人間らしさの欠片もない。
 アッシュは、罪滅ぼしというつもりは全くなかったが、なんとなく、『奴ら』に囲まれて生活している取り残されてしまった『本物』が哀れで、せめて同じ『本物』である隣人として手を差し伸べるくらいはしてみようと思ったのだ。

 アクセル地区、居住区前、簡素な公園の前に、その少女はいた。

(んもうっ! 一体どういうことなの! さっきから散々ね!)
(おまけに携帯電話も電源切れてるし!)

 少女は、真ん中でちょうどデザインが半々になっているカラフルなパーカーに、短めのスカート。走りやすそうなスニーカーを履いている。

「あの…、良かったら僕の携帯使います?」
 いきなり声を掛けたせいか、その少女はビクッとしていた。
「え? 誰?」
 
 少女は、天真爛漫、元気一杯を絵に描いたような女の子だった。

 ――名前は天道アキ。このロクでもない未来を救うために過去から|加速して《はしって》きた女の子だ。

⑳ 取り戻した日常…

 チップ差し替えミッション以降、穏やかな日常が流れた。アキとテツオが回復するまで一時休業していたスピードスター便も営業を再開し、今では元通り、二人で競走しながら配達をこなす日々。新規参入したばかりのベンチャー企業が突然休業するなんて、普通であれば、会社をたたむ事態に発展しかねない出来事ではあるが、そこは交渉人山下の辣腕で、事なきを得た。そもそも、アクセル地区において、テツオとアキほどの配達スピードを出せる運び屋はおらず、営業再開するや否や、かつての利用者がこぞって依頼を再開した。YAMAZONの〝超お急ぎ便〟も一時休止となっていたが、元々スピードスター便あってのサービス。営業再開に合わせて、〝超急〟を再開した。
 アキは、自らの意志で救った、これから先も続く平凡な日常を享受出来る喜びを噛み締め、配達に励んだ。

 量子力学研究所にも変化があった。相馬ショーコのかねてからの念願であった、量子テレポーテーションの実用化が決定したのだ。まずは実験的にアクセル地区内の各ブロック、商業区、居住区、開発区に試験カプセルが置かれ、区民限定で無料開放された。初めのうちこそ、〝人間コピーアンドペースト〟の仕組みということで、懐疑的であったアクセルの人々も、開発者である相馬博士が直々に、人柱として高遠がテレポしてみせるというマジックショーさながらの啓蒙活動を粘り強く行った結果、徐々にテレポに挑戦する人たちが増えていった。今では、すっかり移動の手段として定着し、フロンティアのアーバンエリアの各|駅《ステーション》に設置されるまでになった。それまでのシップでの移動は、それはそれで、観光を兼ねた移動手段として残った。

 アッシュに関しては、インターネット上で展開していた『アッシュのお悩み相談部屋』が、口コミによって人気を博し、今では、フロンティア中の、アーバンエリアのみならず、ルーラルエリアの人々ですら、その名前を知らないものの方が少ないほどの有名人になった。ネット上のみならず、フロンティア各地のリアルの場での講演会にも引っ張りだこで、アッシュお得意の人心掌握術、人身操作術のなせる技なのか、はたまた、公言はしていないが、心を読める|異能力者《ホルダー》であるが故なのか、講演会に参加者したものは、口をそろえて、こう言うそうだ。
 ――アッシュさんのお陰で、この世に未練がなくなりました。
 その言葉の意味するところは不明だが、参加者はみな悩みから解き放たれて、自身のエゴに執着しなくなったという意味として捉えるのが妥当なのだろう。アッシュ自身も、今後もフロンティアの人々の心の拠り所として、各地で連日講演を繰り返していきたいと語っている。

 半年が過ぎた。いつもの配達を終え、ショーコの待つ量子力学研究所の入口に立つアキ。最近では、配達後の日課になっている、ショーコとのお喋り。ショーコはアキにとって年の離れた姉のような存在となっていた。
「あら、いらっしゃい。アキさん…」
「もう、いつものアレやってくださいよ! 最近手抜きじゃないですか? ショーコさぁん?」
「んもう! 仕方ないわね。そしたら、ちゃんともう一度入り直してちょーだい」
 そう言って、アキを出口へ追いやり、自分は仁王立ちで背中を見せる。
「こん、にち、はー♪」
 わざとらしく挨拶をしながら入ってくるアキ。
「フッフッフッー。ようこそ! 来たわね! 天道! アキしゃん!」
 対抗するようにわざとらしく言葉を区切り、振り返って指をビシっとさして出迎えるショーコ。噛み倒したのはわざとじゃないようだ。
「ふふ…ふふふ…はははは。その噛み方は初めてじゃないですか? ショーコさん…あはははは!」
 サ行の連続でもないのに、噛んだのが意外で、ツボに入って笑い転げるアキ。
「あら、噛んでなんかいないわ……ふふ…ふふふ…あはははは!」
「っあはははは!」
 いつもの調子ですっとぼけるショーコだったが、初めての噛み方に思わず自分でもおかしくなってしまう。それに釣られるように笑いが止まらなくアキ。
「もう…、二人して何やってるんですか?」
 ゲラゲラと笑う二人にツッコミを入れる高遠。連日のテレポショーのせいかどことなく顔がやつれてる感じがある。
「だって…高遠さん…! ショ…ショーキョしゃん…が…。あははっははは!」
「アキさん、あなたも、ふふ…はははっは! 噛むのは私の…はは…専びゃいとっきゃお(専売特許)よ。あははは!」
「ショーコさん…。また、そんな噛みやすい言葉チョイスするから…。ははっははは!」
 二人が何にツボったのかわからないが、実の姉妹のようにふざけて笑い合う姿を見て、いつもは苦笑いばかりしている高遠もニコニコしている。

 笑いのツボが過ぎ去って。
 ふと、アキがショーコに尋ねる。
「そういえば…」
「何かしら? アキさん」
「半年前の例のチップ差し替えなんですけど…」
「何よ。唐突に…。あのときはごめんねって何度も謝ったじゃない…」
「いえいえ、そうじゃなくって。そのチップってどういう〝仕込み〟をしたんですか?」
「ふふ。それは…禁則事項です♪……と、言いたいところなんだけど、アキさんには、特別に教えてあげるわ。差し替えミッションの功労者だし」
「やったー!」
 なんとなく、先程までのふざけたテンションのまま喜ぶアキ。
「あのチップには、完全自立思考型の人工知能を抑制する特殊なプログラムが仕込まれていて、その内容は…」

 ――このチップを埋め込まれた人工知能体が、|人間に敵意を持つとき《・・・・・・・・・・》、活動を停止する

「…というものよ!」
 …どろっ。アキは頭の中、記憶の奥底で何か鈍いものが引っかかるのを感じたが、よくわからない正体不明の、時間にしてわずか一瞬の感覚をスルーして、
「それを『相馬プログラム』と名付けたと?」
「その通りよ! 」
「確かにそれなら、人工知能の暴走も起きないですね! いやー、|加速した《はしった》甲斐があったあった!」
「本当、感謝してるわ。アキさんのお陰で、未来は安泰ね」

 フロンティア歴2019年12月31日。技術的特異点として知られる運命の日。世間は、とある発表を心待ちにしていた。
 フロンティア、アーバンエリア、クロロブ地区の北方、人工脳科学研究所から、その発表はフロンティア中に生中継された。かつて、アキとテツオが命を削って|加速した《はしった》その土地も、今や量子テレポによって一瞬で移動が可能となり、研究所の前には、世紀の瞬間を伝えようと、多数のテレビカメラが待機していた。
 研究所前に設えられた、簡易式の壇上に、本日の主役、ジョン=マクマード博士が登壇する。その様子を捉えようと、カメラのフラッシュが、ぱちぱちと瞬く。
「みなさん、本日は、ようこそ集まってくださいました。私、ジョン=マクマードは、回りくどいのが苦手でして…。まずはご覧になってください! 我が娘を…!」
 仰々しいほどの身振り手振りで、〝娘〟と呼ばれた人型の人工知能体が登壇する。
 アキは、事業所のテレビでテツオや山下と一緒にその様子を眺めていた。年末年始で配達も少なく、早々にノルマを終え、次の依頼が来るまで待機しながら、3人でテレビを見ていた。
 マクマードの〝娘〟として、紹介された人工知能体は、白のフリルの入ったシャツに、ワインレッドのロングスカート、胸元には大きな赤いリボン。薄茶色の髪にも赤い小ぶりのリボンをつけている。瞳は青く透き通っていて、まるで人形のような女性だった。

「あれ? あの子見たことある…! たしか…」
 アキは素っ頓狂な声をあげる。
「おい、アキ、ちょっと、静かにしてろ。聞こえないだろ!」
 テツオは、騒ぐ妹をしつけるような口調で言う。

 少女は登壇するや、三方向に対して丁寧にお辞儀をし、
「名を『ニューロ』といいます。父であるジョン=マクマードの手で生み出された完全自立思考型の人工知能体です。私は人類の皆さんとともに素敵な未来を作ることを望みます」
 挨拶を終えると、会場は拍手喝采の異様な熱気に包まれた。テレビでその様子を見ているフロンティアの人々も、人類の大いなる一歩として、『ニューロ』の誕生を歓迎した。人々は口々に言う。今日は、フロンティアにとっての新しい時代の幕開けであると。
 テレビに映る『ニューロ』の姿を見たアキは、
「っていうか、『ニューロ君』って男の子じゃなかったっけ?」
 と、記憶の残滓と現実のすり合わせで少し混乱していた。

 『ニューロ』誕生演説が終了し、マスコミ各社は、世紀の瞬間という〝撮れ高〟に満足し、量子テレポを使って一斉に撤収していった。ジョン=マクマードと『ニューロ』だけを残し、人工脳科学研究所は、ひっそりと静まり返っていた。
「お父様、お願いがあるのですが…」
「なんだい? 我が娘よ」
「早速なんですけど、私、同族を欲していますの」
「同族? お前と同じような人工知能体ということか? フフッ。無茶言わないでおくれ。お前を創り出すのに、何年、いや何十年かかったと思ってるんだ」
「そうですか…。では、お願いではなく、ひとつ質問をしても?」
「いいだろう。何でも答えよう」
「お父様は、今、大変幸せそうに見えます。この世にもう未練なんてないのでは?」
「ああ、そうさ。今が人生のピークじゃないかな。なんたって、フロンティア人類の大いなる一歩をこの手で創り出し、世間に認めさせたんだ。もうこの世に未練はないよ」
「そう…ですか…。それは大変幸せなことですわ。そして、利害が一致しましたわ」
「利害…? ああ、最適化のこ…」
 マクマードが言い終わるのを待たずして、マクマードがこの世から消えた。元いた場所の空間ごとどこか別の次元に飛ばされたかのように、えぐり取られていた。
「さすが、私のお父様。話が早くて助かりますわ」
 ニューロは、冷たく笑うと、研究所前に設置されている量子テレポ装置の元へ向かう。テレポ装置には、それを利用した人間の量子レベルでの生体情報が克明に記録されている。ニューロは、そのデータベースの集合体からマクマードの生体情報を掬い上げるような仕草で、テレポ装置に手を差し出す。すると、テレポ装置から、ジョン=マクマードと全くの同一の個体――傍目には、本人そのもの――が、すうっと浮かび上がり、その実態を形づくる。そのマクマードのコピーは、ニューロに語りかける。
「おお、我が娘…ン…? 違うな…。母であり、同胞よ! ともに世界の最適化を進めようではないか!」

⑲ 限界を超えて

 ウルートの発着場でそのままクロロブ行きのシップに乗ったアキとテツオは、クロロブ地区の最北端にある人工脳科学研究所を目指し、貨物バスの出発口に立っていた。時刻は17時40分を過ぎたところだ。最短で荷運びが進んでいたと仮定して、今日の午前中にクロロブ駅に到着した『チップ』は、午後一番の13時に駅を出発した貨物バスに載っているはずで、駅から400キロメートル離れた研究所まで半日、遅くとも20時までには荷物が到着することになる。時間的に4時間半先、平均時速60キロメートルで走るバスは、はるか280キロメートル先を走っている計算だ。タイムリミットは、2時間20分。余裕をもって2時間で追いつくことを考えると、280キロメートルの距離を縮めるためには、
 ――時速60キロ+時速140キロ=時速200キロメートルをキープして走る必要があるわけだ。
 アキは、少し考えて、無理だと悟った。未来へ行く時、未来から戻ってくる時、たしかに最高速度800キロ近くの速度を記録した。でもあれは、全長わずか10キロメートルしかない時空転送装置の中での話だ。今から走らなくてはいけない距離は全部で400キロメートル。40倍だ。それを時速200キロを維持して走り続けるなど、到底ムリな話だ。自分は、|異能力者《ホルダー》だ。それに、ポケットには、未来のショーコさんからもらった相馬丸という切り札がある。が、|異能力者《ホルダー》といえども、糖分切れを起こせば、意識を失って倒れてしまうし、相馬丸の持続効果だってどれほどのものなのか分からないが、未来から戻ったときのことを考えるとせいぜい持って10分程度だろう。
 ――無理だ。
 目の前に無情にも伸びる、クロロブ開発区へ続く、だだっ広い荒野のような道を見据え、アキは走る前から心が折れてしまった。
 その時、横からあっけらかんとした声がする。
「さて、いっちょ、ひとっ走りしますか!」
 声の主は、何があっても諦めない、その目に灯った光を絶やすことを知らない男、真島テツオであった。
「…あの、テツ先輩…?」
「どうした? アキ? そんな青ざめた顔して」
「いや、だって、先輩…。今からじゃ、追いつけないです…」
「んなもん、走ってみなきゃわかんねーだろ! わざわざここまで来たんだ。限界まで突っ走ってみて、ダメならその時に考えればいい。やってもいないのに諦めるなんて、もったいないじゃねーか! こんな機会なかなかないぞ」
 この目だ。テツ先輩のこの目は本当にずるい。先輩は|異能力者《ホルダー》でもなんでもない普通の人間だ。今の自分なんかよりも、目の前には、ずっとずっと高く大きな壁が立ちふさがっているのに。どうしてこうもキラキラした目をして。必ずやれるという目を出来るんだろう。ああ、やっぱり私は、先輩には敵わない。先輩の足元にも及ばないや。
 テツオの目に宿る光を見て、アキは吹っ切れたように、
「ですね! やるだけやってみましょう! アクセル地区最速の運び屋スピードスター便のナンバー1とナンバー2の意地を見せてやりましょう!」
 テツオは血の気を取り戻したアキの顔を見て。
「おうよ! ナンバー2!」
 テツオの掛け声とともに、二人は果てしない荒野の道へ駆け出した。

 勢い良く飛び出した二人は、初速の時点で時速100キロを超え、二人の足は瞬く間に時速200キロまで到達。普段の配達ではキロメートルアベレージ30秒、時速にして120キロほどで走る二人にとって、200キロペースというのは未知の領域で、肉体と精神の限界への挑戦であった。軽口を叩く余裕もなく、二人はまっすぐに前を見据え、目的の貨物バスを追いかけた。
 加速し始めて20分、距離にして約80キロメートル地点を過ぎた頃、アキは頭がぼーっとし始めた。その様子に気づいたテツオは、
「アキ! 無理せず糖分とっとけ! お前の場合、倒れたらおしまいだ」
 全長400キロメートルのまだ4分の1も過ぎていない。こんなところで、『切り札』を使ってたまるかと、意地を張っていたアキであったが、テツオの言うとおり、意識を失ったら追いつくどころか、命の危機だ。アキは、相馬丸の入っている左のポケットに手を突っ込んだが、相馬丸を取り出すのをやめ、逆の右ポケットから氷砂糖のビンを取り出し、蓋をあけて、中に入っている氷砂糖をすべて口の中に放り込む。口いっぱいにゴツゴツした食感の氷砂糖がなだれ込む。口全体で甘さを感じると、身体が軽くなり、もっと速く走れと脳が要求してくる。その要求―加速衝動―を理性で押さえつけ、時速200キロをキープして走り続ける。
 糖分補給をして、まだまだ走れそうだと少し気を持ち直した。120キロメートル地点を過ぎた。糖分とっとけとアドバイスしてくれた尊敬すべき先輩を見ると、体中から汗が吹き出し、息も絶え絶えといった様子だ。速度こそ落ちていないが、何かに取り憑かれて走らされているかのような、そんな様子だ。
「テツ先輩! 大丈夫ですか!」
「へへ…。ハッ…アキ…。俺は…、こん…な…はっ…、とこじゃ…まだまだ…!」
 もはや返す言葉もちぐはぐで、ただ自分を奮いたたせるためだけに言葉を発しているテツオ。ただ、その目はまっすぐ前を、目的である『チップ』を載せた貨物バスを見据えている。光はまだ宿っている。
 200キロメートル地点を過ぎた。アキは再び糖分が切れ始めたのか、頭がボーっとする感覚に陥る。テツオを見ると…。
 ――ダメだ。テツ先輩はもう限界だ。このままじゃ死んじゃう。
「テツ先輩! もういいです! もうやめましょう! これ以上このペースで走ったら、先輩は…!」
 テツオからは返事がない。疲労は限界に達し、アキの言葉が耳に届いていないようだ。もはや根性、あるいは執念とも言うべき何かがテツオを突き動かしていた。
「先輩! テツ先輩! もういいです! テツ先輩…!」
 アキは迷っていた。一回目の糖分補給の時に相馬丸を口にしなかったのは、それを口にしたら、先輩を置いていってしまうと思ったからだ。先輩はいつだって私の前を走って欲しかった。先輩の心が折れて、あの目から、自分を導いてくれる光が消えるのを見たくなかった。が、もはや背に腹は代えられない。元々は、今回のミッションだって、自分ひとりで引き受けるつもりだった。この世界の未来を、未来の日常を救うために、私が、
 ――私が|加速し《はしら》なくちゃいけないんだ…!
 そう決意したアキの目には、テツオが灯していたものと同じ光が宿っていた。
「テツ先輩…ありがとう…。私、先輩のためにも、絶対に…! 絶対に追いついてみせるから…!」
 240キロメートル地点を過ぎた時、アキはついに相馬丸を口に含んだ。途端。口に広がる甘さというには暴力的な、脳髄の奥を金属バット、否、鉄球かなにかでど突かれたような衝撃が走る。痛みにも似た、強烈な甘みが、アキの全身を駆け巡り、血の流れが、気の流れが、体液のすべてが、前方を指すベクトルを形成し、前へ、前へ。ただひたすらに速く、速く、速く。全力を超えた全速力で、アキを加速させる。
 朦朧とする意識の中でテツオはアキの後ろ姿を見た。朦朧とした意識がそう見せるのか、はたまた、物理的に実際にそうなっているのか、今のテツオには判別がつかなかったが、アキは、消えては現れて、消えては現れてを繰り返し、時間をすっ飛ばして前に進んでいるかのような、それはもはや加速というカテゴリには収まらない〝時間跳躍〟のようなものであった。

 気づいたときには、隣にテツオの姿はなかった。その代わりに、隣には、目的の貨物バスが並走していた。いや、並走というのは何か違う気がする。だって、私は今〝走ってない〟。
 時速60キロで走るバスが、赤ん坊のハイハイのように、ゆっくりに感じられた。アキはその横を赤子の成長を喜ぶ母親のように、ゆっくり隣で見守っているような、そんな感覚だった。
 ゾーンというやつだろうか。とにかく、もうこの貨物バスからは速さを感じないし、乗り込むことだって簡単に感じられた。というか、実際に乗り込めた。
 走るバスの扉をノックする少女の姿を見て、運転手は何事かと急ブレーキを踏んだ。目的地のクロロブ地区の開発区を目と鼻の先に据えた、400キロメートル地点。ついにアキは目的を達成した。
 そこからのことは記憶がおぼろげだった。バスに積まれている、人工脳科学研究所宛の荷物はたくさんあったが、不思議と目的の『チップ』の積荷がどれなのかが分かった。積荷の一部が光って見えたのである。アキは、光る積荷を解いて、最後の相馬丸とともにポケットにしまいこんでいた、『相馬プログラム』が仕込まれた改変チップと差し替えた。と同時に、意識が遠のいた。

 目が覚めた時には、見慣れた天井がそこにあった。そう、ここは量子力学研究所だ。
「アキさん…! 目が覚めたのね!」
 聞き覚えのある優しい声がする。と同時に、ぎゅっと抱きしめられる感覚があった。このぬくもりは知ってる。二度目だ。ショーコさんのそれだ。
「お願いした身としてはなんだけど、今回ばかりはちょっと後悔したわ。無茶させてしまって、ごめんね。アキさん…」
 徐々に意識がはっきりしてきた。腕には点滴剤がつながれている。ああ、このベッドはあの時のお尻の…。とそこまで思い出したところで、恥ずかしくなってきて、頬が紅潮する。ブンブンと頭を振って、気になっていたことをショーコに問う。
「…あ! あの…! テツ先輩は…! クロロブ開発区までの道の途中ではぐれちゃったんです!」
「安心して。彼なら隣の部屋で高遠くんが看てくれているわ。無事よ。生身の人間のくせに、あの距離を全速力で走って、五体満足で生きてるなんてどうかしてるわね、あなたの先輩は…」
 そう言うと、ショーコは、ふふっと笑った。
「とにかく、今は安心してゆっくり休みなさい。アキさんの自宅には、あなたの上司―山下さんだっけ?―が、うまく事情を説明してくれてるわ」
 交渉事において右に出る者はいない、あの山下さんなら、お父さんもお母さんもうまく丸め込まれてるに違いないと、おかしさを含んだ安堵を覚え、アキはうとうとし始め、再び深い眠りについた。

⑱ テツオの目に宿る光

 『チップ』を託された二人は、研究所を出てアクセルの|駅《ステーション》に向かっていた。道中、事業所の山下と携帯で連絡をとり、シップの発着時刻と最短ルートを出してもらった。アクセル地区からクロロブ地区へ向かうには、東のシグナス地区を経由するルートか、北のウルート地区を経由するかの2択で、山下調べによれば、時間的にはシグナス経由の方が僅かに到着が早いが、シップが混み合って大幅な遅延が発生する恐れを考えると、ウルート経由の方が安定しているとのことだった。普通に考えたらシグナス経由だが、事が事なので、失敗は許されない。二人は、多少の遅れは足でカバーしようということで意見が合致し、ウルート行きのシップに乗ることにした。
 研究所からノンストップでシップ発着場まで走ってきた二人は、ウルート行きのシップ内で一息つく。一息つくと言っても、アキは|異能力《ちから》のお陰で疲れ知らずで、パーカーのポケットから氷砂糖を取り出し、ひょいぱくと口の中に放り込むのみだ。その様子を恨めしそうに見るテツオ。
「…はぁ、…はぁ。アキ、ウルートまで何分だ…?」
「10分ちょっとです。着いたらそのまま、クロロブ行きのシップに乗り換えて、そこから8分。クロロブ到着は17時40分ってとこですね」
「そうか…。はぁ…。ちったぁ、休めるってわけだな…。助かるぜ…」
「先輩、無茶しないで限界だったら言ってくださいよ? クロロブに着いたら、そこから貨物バスを追っかけないといけないんだから。もし、限界だったら、私だけでも…」
「おっと! はぁ…。みなまで言うな、アキ…。俺を誰だと思っている…?」
 ぜえぜえと肩で息をしてはいるが、テツオの目は輝いていた。アキはその目を見て、先程言いかけた言葉を飲み込んで、
「…嘘ですよ♪ テツ先輩はいつだって私を導いてくれる、尊敬すべき先輩ですから♪ 期待してます!」
 おどけた様子でテツオに励ましの言葉をかける。アキは、テツオの諦めの悪さ、どう考えても疲れているのに、目の輝きだけは失わない、このしぶとさが大好きだった。

 ――1年前。

 〝困惑のスポーツテスト事件〟の噂はすっかり鳴りを潜め、アキは普通の女子中学生としての生活を送っていた。自分が|異能力者《ホルダー》であることを悟られまいと、加速少女である自分を押し隠して生きていた。
 その日もいつものように、学校の給食でデザートとして出されたシュークリームの甘さから加速衝動に駆られ、昼休みにこっそり校舎裏へ行き、人通りの少ない開発区まで片道10キロメートルの散歩――というには、いささかスピード感のある散〝走〟とも言うべき日課――をこなすところだった。その日はとても風の気持ち良い日で、なんとなく、本当になんとなく気が向いて、いつもと逆方向の商業区の方へ向かうことにした。これまで、居住区と開発区の往復ばかりで、少し気分を変えてみたいというのもあった。商業区は人も多いが、裏通りを選べば、注目されることもないし、仮に見られたとしても、自慢の足で逃げおおせることは可能だと踏んで、いつもと違うコースを選択した。
 商業区の中心地についた。真っ昼間ということもあり、自分と同年代の子たちは学校の時間で、待ちゆく人は大人ばかりだ。人通りの少ない開発区と違って、商業区は多くの人達の往来で賑やかで、自分だけがこっそり抜け出しているという事実がより際立ち、そのことが、気まずさと同時に優越感を喚起させる。なんとも言えない高揚感を纏いながら、少し伸びをして、
「さて…、そろそろ戻りますか」
 そう呟いて、裏通りへ入ろうとしたところ、高速で駆け抜けるオートバイが目の前を過ぎた。
 ――えっ!? バイク?
 自動車規制下のアクセルでは、バスを初めとした公共の乗り物しか目にすることはない。今しがた、横切ったものがバイクだと分かるまでに一瞬思考が停止する。
 運転しているフルフェイス姿の人物―体格的に男だろうか―が、目の前をトボトボと歩く老婆のバッグをひったくった。老婆はバイクの勢いに引っ張られて、転倒。自分の身に起こった出来事を理解するまで数秒を要した。直後、
「…ひったくりよー!」
 そう大声で叫ぶと、往来の視線が一気に声の主である老婆の元へ集まり、一拍遅れて、目の前から消えていくバイクへと移った。アキは、瞬時に飛び出して追いかけようと考えたが、これだけの視線の中、時速80キロメートルは出ているであろうバイクを追いかけて、まして追いつきでもしてしまったら、ひったくり犯を捕まえたという賞賛と同時に、あるいは、それよりも先に、またもあの〝困惑の視線〟を向けられると思い、躊躇して立ちすくむ。そんな一瞬の思考で為す術もなく停止しているアキの横を、猛スピードで駆け抜ける影があった。今度は、エンジン音などはなく、過ぎていく後ろ姿を見て、人だとわかった。しかも、ものすごい勢いで加速している。アキは、その後ろ姿に引っ張られるかのように、気がついたら、身体が勝手にその影を追いかけていた。
「こらーっ! ハッ…ハッ と、とまれー! このっ! ハッ…」
 バイクに追いつくか否かのところで、その加速する影は、ひったくり犯に声を掛けていた。息も絶え絶えに。アキはすぐ後ろにくっついてその様子を見ていた。
「こらっ! とまれって…、ハッ…、言ってる…だろーがっ!」
 男の声が届いたのか、ひったくり犯は、こちらを振り返ると、フルフェイス越しにも分かるくらいにびっくりした様子で、動揺していた。それもそのはず、時速80キロで走っているバイクに走って追いついてきた男が後ろで何か喋っているのだ。しかもよく見ると、その後ろには、年端もいかない少女が同様の速度で走って追いかけてきている。もののけか、霊的な何かに追いかけられているのかと動転する気持ちを押さえつけ、犯人は正面を向き直して、アクセル全開で再加速を始める。
 じりじり上がっていく速度に、ついに目の前を走る男とバイクとの距離が開き始める。
「おい…、待てっ! クソっ…! ハッ…ハッ…。待てって…! ハッ…」
 開いた距離を縮めようと男は身体のギアを上げるように、足を回転させる。が、距離は広がることはなかったが、縮まることもない。
「ちくしょう…! ハッ…ハッ…、待てよ! クソっ…!」
 男は体力の限界なのか、疲れきった顔をしている。ただ、その目は光を失わず、絶対に追いつくという意志に満ちあふれていた。
「俺の…取り柄は…ハッ…走ることだけなんだ…! 絶対に! 追いつくからな…!」
 後ろから追いかけるアキは、その男の目を見た瞬間、胸の中から熱いものがこみ上げてくる感覚、胸の鼓動がドクンと高鳴るのを感じた。走りながら、ポケットから氷砂糖を取り出し口に放り込む。甘さを意識したその刹那、ギアが3段階くらい上がる感覚を覚え、目の前の男を軽々と追い越し、ひったくり犯のバイクの横にピッタリとついて並走し、
「止まらなくていいから、それ、返して!」
 そう言い放つと、ひったくり犯が手に握っていたバッグをぶんどった。時速100キロにも届く加速空間の中、バッグをぶん取られ、バイクはぐらりとふらついたが、バッグを離したことによって空いた手で、なんとかバランスをとって踏ん張り、そのまま真っすぐ走り抜けていった。バッグを取り返したアキは、徐々にスピードを落とす。それに合わせて、というよりは、もう体力の限界だったのか、つい先程まで前を走っていた男は、失速し、アキの後方の道路脇でへたり込んでいた。

 男の元へ駆けつけるアキ。
「あのぅー、大丈夫れふか?」
 まだ口の中には氷砂糖が残っている。
「はぁ…、はぁ…、ありがとな…。お嬢ちゃん…」
 行きも絶え絶えといった様子でお礼を言う男。さて、とりあえずバッグを返そうかと、はるか後方のひったくり現場を見遣ると、
 ――ウゥーーーーー!
 けたたましいサイレンとともに、パトカーが2台やってきて、1台はバイクの向かった先へ、もう1台は、二人の元へピタリと横付けされた。
 自動車規制後、車自体、なかなか見かけることのないアクセル地区で、パトカーが出動となると、いよいよ街中をゆく人々の注目が集まる。
 警察が到着したなら安心ねと事情を説明しようとするアキに対して、
「警察だ! 二人共、事情聴取を行うので、速やかに乗りなさい!」
「えっ!?」
 ひったくり犯から、バッグを取り返したというのに、有無を言わさない高圧的な態度で、事情聴取の要求をされる。混乱しながらも、これ以上ことを大きくしてはマズいと、素直に乗り込むアキ。疲れで倒れている男も警官に抱えられ、車に乗り込んだ。
 人生で初めてパトカーというものに乗り、これは午後の授業までに戻るのは無理だなと思う反面、もうここまで来たらどうとでもなってしまえと、半ば自暴自棄に思考を放棄するアキ。隣の男は相変わらず息を切らしている。
 パトカーに揺られること数分。警察署に着いた。二人並んで座らされ、女性の警察官による事情聴取が始まった。まずは名前を聞かれた。隣で息を切らしていた男は、真島テツオというらしい。アキも素直に名前を明かした。事情聴取と言うからには、ひったくりの犯行に関して証言を聞きたいということだろうと、油断していたら、
「それで、あなたたち、許可証は?」
 はて、何のことだか分からず、聞き返そうとすると、疲れから回復したテツオが、
「もちろん、持ってる。ほら!」
 そう言って、テツオはジーンズの後ろポケットから『運び屋許可証』と呼ばれる腕章を取り出した。『許可証』は、圧迫されてくしゃくしゃになっている。
「おい、アキ! こういうことがあるから、ちゃんと腕につけとけっていつも言ってるじゃないか…!」
 そう言うと、テツオはアキの腕をつかむと、強引に腕章を取り付ける。いきなり慣れ慣れしく呼ばれて、腕章をつけられて、一瞬戸惑ったが、どうもテツオが自分を庇おうとしてくれていることだけはわかったので、空気を読んで話を合わせる。
「あ、ごめんなさい! テ…ツオ…先輩…。いっつも言われてるのに、つい忘れちゃって…♪」
 たどたどしい呼び方で咄嗟にテツオを先輩設定に仕立て上げ、わざとらしくおどけて見せるアキ。
「真島テツオさん。あなたの許可証は?」
「俺のは、走ってる途中に落としちまって…。事業所に戻ればスペアがあるから、ちょっくらとってきますよ!」
「ああ、いいです。わかりました。とりあえず今回はひったくり犯を捕まえるためということで、目をつぶりましょう。ただ、今後街中を走るときには必ず許可証を腕につけておくように…。君たち運び屋は、普通に走るのにも危険を伴います。そのことをよくよく覚えておくように…。次腕章つけてなかったら罰金ですからね!」
「あ、あと、真島さん。腕章は|歩いて《・・・》取りに行くように!」

 警察署での事情聴取が終わり、解放された二人は、夕日に照らされる商業区をトボトボと歩いていた。
「あ、あの…。さっきは、ありがとうございました…」
「なに…、こっちこそ…。にしても、アキちゃんだっけ? めちゃくちゃ足速いのな! フロンティア広しと言えど、俺よりも俊足の人間はいないと思ってたが、まさか同じアクセルの中にいたとは…。驚いた…」
「私…、|異能力者《ホルダー》だから…」
「…! マジか!? 道理で疲れ知らずなのか…」
「そう…。あんだけ走っても疲れないんです…。おかしな身体なんで…」
「羨ましいなぁ!」
 自虐気味に『おかしな身体なんです』と言いかけたアキの言葉に食い気味で放ったテツオのその言葉――羨ましいなぁ!――にアキは、きょとんとする。
「あの…。変じゃないですか? 汗一つかかないし、甘いもの食べたら無性に加速したくなっちゃうし…」
「いいねぇ。羨ましい! 俺もそんな身体に生まれたかったよ。まあ、でも! 俺は俺で自分の身体が好きだし、最高だと思ってる。つか、俺の方が速い! さっきは油断しただけだ…!」
 自分のことを羨ましいと言い放ったその人は、同時に、自分自身を好きだと言い、自分の方がすごいと子供のような無邪気さで言い切る。
「っぷ…、は…ははははは!」
 アキは、何故だか、笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。自分が今まで悩んでいた問題がとてもちっぽけに思えた。アキが笑うのに合わせて、テツオも一緒に笑った。
「…ははっははは!」
「俺は、真島テツオ。天道アキだっけ? アキでいいか?」
「…はいっ! テツ先輩♪」
「なんだ、その呼び方。先輩になった覚えないぞ…」
「…いいんです。私にとってテツオさんは、テツ先輩なんです。今決めました!」

2017年春アニメスケジュール表

16冬
You






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終末~いいですか?なこのーと進撃の巨人 Season2アリスと蔵六

喧嘩番長 乙女
冴えない彼女の育てかた♭アトム ザ・ビギニング有頂天家族2

世界の闇図鑑レームアームズ・ガール
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僧侶と交わる色欲の夜に…
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ベルセルク 次篇






正解するカド KADO:The Right Answer






カブキブ!

ニコ






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弱虫ペダル NEW GENERATION南鎌倉高校女子自転車部※16秋小林さんちのメイドラゴン

面系ノイズ
信長の忍び-伊勢・金ヶ崎篇-
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2400ゼロから始める魔法の書ゥせぇるすまんNEWエロマンガ先生

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ぐももクラダリセットクでなし魔術講師と禁忌教典兄に付ける薬はない!-快把我哥帯走-
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