⑮ オフ会のその後で

「…あ、えっと…」
 アキは、いきなり声をかけられたことに驚いただけでなく、今まで見たことのないアッシュの冷たい表情を前に言葉を詰まらせてしまう。
 先程まで、次にアッシュに会うときは、一対一できちんと話が出来るようにしようと決意していたのに、今のアッシュを見ると、3年後にフロンティア中の人々を消滅させた張本人だというのも頷けてしまう、そんな冷たい表情をしていたから、未来での出来事を話すことすら躊躇してしまう。アッシュの放つプレッシャーに気圧されて、その場から逃げ出してアクセル行きのシップに飛び乗ろうかと考えた矢先、
「なーんてね。驚かせちゃったかい?」
 さっきまでとは別人のような朗らかな笑顔でそう言い放つアッシュ。
「最初にシグナス駅で会った時に、『未来で僕に会った』みたいなことを考えていたから、天道さん、最初は少し『電波ちゃん』なのかと思ったけど…」
 フフッと笑みを浮かべるアッシュ。冷たい表情のプレッシャーから解放されて安心するアキだったが、『電波ちゃん』という言い方に、今度は少しイラッとして、ムッとする。
「『電波ちゃん』なんて失礼ね…! こっちがどんな思いでアッシュに会いに来たのか知りもしないで…!」
 と、抗議の言葉を放つと同時に、アキのお腹から「くぅー」と小動物の鳴き声のような音がなる。
「あ…」
 思えば今日は朝から何も口にしていない。オフ会で甘いキャラメルラテを飲んだだけだ。
「まあ、立ち話もなんだし、どこか入ろうか。奢るよ」
 そう言って、アッシュはシップ発着場と逆方向、駅前の雑踏の中へ進んでいく。
 アキは、恥ずかしさで赤くなった顔を隠すように俯きながら、アッシュの後ろについていくことにした。
 その二人のさらに後ろからついていく影があった。
「天道アキ…め…。出会って初日で、アッシュくんと二人きりでデートなんて…。ヒナ…許せなーい…」

 二人は駅前のハンバーガーショップの2階、窓際のカウンター席で横並びに座った。窓から外を眺めると、沈みかけた夕日に照らされた、おびただしい数の人々の往来が見える。
 アキの前には、チーズバーガーとポテトのセットにストロベリーシェイク、アッシュの前には、ブラックコーヒーが置かれている。アッシュの「どうぞ」という身振りを受けて、アキは目の前のバーガーにかぶりつく。
「食べながらでいいから教えて欲しいんだけど、どうして僕の能力を知っているんだい?」
「ほへは(それは)…」
「ああ、知っての通り、僕は目の前の人間の心を読むことが出来るから、口に出さなくても大丈夫。|思ってくれる《・・・・・・》だけで、言いたいことが分かるから」
 そういえば未来でアッシュとやりとりした時もそうだったわねと、アキは思い出し、目の前の食事を摂りながら、アッシュに未来でのことを伝えようとする。
(えーっと、まず相馬博士という知り合いの研究者がいて…。その人の発明した時空転送装置を使って未来へ…、うーん、やっぱりチーズバーガーおいしいな。なんだかんだチーズのトッピングってシンプルなんだけど、最強よね…)
「あの…、天道さん?」
 目の前の食事に夢中になるアキを呼び戻すように一声かけるアッシュ。アキは、アッシュの方を見て、テヘペロと舌を出して、|思い直す《・・・・》。
(ごめんごめん。それで、3年後の未来に行ったんだけど、そこは人工知能によって人類が支配された世界で…、…あ、シェイクおいしい! いつもバニラで今日はなんとなく気分でストロベリーにしてみたけど、なかなかね。ただやっぱりシェイクってのは、ちょっと飲みにくいのが難点ね…)
「あのー…」
 アッシュは呆れ顔でアキを見て、
「やっぱり、話は先に食べ終わってからでいいです。早く食べて…」

 食事を終えたアキは、未来での出来事とアッシュに出会った経緯、未来のアッシュ本人の口から|異能力《ちから》について聞いたこと、そして、人工知能『ニューロ』と手を組んで起こした『詐欺事件』について、話をした。
「僕が自分の能力を天道さんに明かした…と…?」
「ええ…。未来で途方に暮れて落ち込んでる私に、僕も|異能力者《ホルダー》だから安心して…って」
「そうか…」
 信じられないといった表情で下を向き考え事をするアッシュ。数十秒ほど考えたあと、顔をあげると、
「僕の|異能力《ちから》は人に話した時点ですごく不利になるから、今までも誰にも話したことはないし、これからも人に話すつもりなんて毛頭なかったんだけどね…。まあ、とにかく、未来の僕は君になら伝えてもいいと、そう判断を下したのか。天道さん、君の言っていることは嘘でもなさそうだし」
「とにかく、あのときはありがとう。助かった。きっとアッシュに会って、電話を貸してもらえなかったら、私は今頃、未来で絶望したまま、野垂れ死にだったと思う…。ありがとう…」
「うーん。まあ、これからのことだから、何と返事していいものかわからないけど、とりあえず、どういたしまして」
 アッシュは、そう言って、少しぬるくなったコーヒーに口をつけた。
「そして、おそらく本題であろう『詐欺事件』の件なんだけど、一体どういうことなのか説明してくれない?」
「それが、私も詳しくは知らなくて…。ただ、未来のショーコさんが言うには、人類の破滅を導いた、3つの大きな過ちの1つだというほどの大事件だったみたい。なんたってフロンティアに住む80%の人間がいなくなったっていう話だから…」
「80%…!」
 アッシュは意味深な笑みを浮かべて、
「フフ…。心当たりが無いわけでもないな…。というか、そういうことになるのか…! それはすごい…」
 少し興奮気味に、そう付け加える。
「アッシュ…?」
「いやいや、ごめん。それってつまり、僕は3年後に、この世界の大多数の人間の心を動かすほどの影響力を持つってことだろ? それはすごいことだなと思って…」
「え…?」
 アキは、やっぱりこの人は悪人、あるいは何か精神的に欠陥がある人なのではないかと疑いの目を向ける。そんなアキの疑いの目に、アッシュはまっすぐに視線をぶつけて、
「…って、そんなこと考えるのやめてよ。僕は確かにちょっと人とは違った趣味趣向を持ってはいるけど、人類を滅ぼしたいなんて毛ほども思ってないし、それに…」
 アッシュは一呼吸おいて、
「気に入ってるんだ。この世界、フロンティアに住む人達のことを」
「…その言葉を聞けて、少し安心した…」
 アキは安堵の表情でアッシュを見つめる。アッシュもそれに応えるように穏やかな笑顔をアキに向ける。
 と、傍から見ると〝イイ感じ〟の空気をまとった二人。
「それで、天道さん、これからどうするの…?」
「うーん、どうすると言われても…。とりあえずアッシュと話をすることまでしか考えてなかったし、その先は…」
 とアキが言いかけたその時、
「その先、なんてないわよ!」
肩を並べて座る二人の間を引き裂く勢いでショッキングピンクのポーチが大声とともに振り下ろされる。
「天道アキ! ヒナに内緒でアッシュくんと二人きりでお喋りするなんて…。ヒナ、絶対許さないんだから…」
 二人はびっくりして振り返ると、そこには、顔を真赤にして、目に涙を浮かべた北条ヒナコの姿があった。

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